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東京地方裁判所 昭和33年(行)110号 判決

原告 佐藤悦郎

被告 国 外一名

主文

一、被告国は原告に対し

(一)  別紙物件目録記載(一)の土地について、東京法務局田無出張所昭和二五年三月三一日受付第二一三九号をもつてなされた昭和二三年七月二日旧自作農創設特別措置法第三条の規定による買収処分を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(二)  別紙物件目録記載(二)の土地について、同出張所昭和二五年三月三一日受付第二一三一号をもつてなされた昭和二二年一二月二日旧自作農創設特別措置法第三条の規定による買収処分を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(三)  別紙物件目録記載(三)の土地について、同出張所昭和二五年三月三一日受付第二一三四号をもつてなされた昭和二二年一二月二日旧自作農創設特別措置法第三条の規定による買収処分を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

二、被告小林福次は原告に対し

(一)  別紙物件目録記載(一)の土地について、同出張所昭和二五年三月三一日受付第二二二九号をもつてなされた昭和二三年七月二日旧自作農創設特別措置法第一六条の規定による政府売渡を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

(二)  別紙物件目録記載(二)及び(三)の土地について同出張所昭和二五年三月三一日受付第二二二二号をもつてなされた昭和二二年一二月二日旧自作農創設特別措置法第一六条の規定による政府売渡を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

(三)  別紙物件目録記載(一)(二)(三)の土地を明渡すべし。

三、訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は主文第二項の(三)に限り、原告において金五万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに主文第二項の(三)につき仮執行の宣言を求め、被告国指定代理人及び被告小林訴訟代理人は、それぞれ「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求の原因

一、原告は別紙物件目録記載の(一)(二)(三)の土地(以下本件土地という)を、昭和一八年五月訴外箱根土地株式会社から買受け、その所有権を取得した。

二、小平町農地委員会は、本件土地を旧自作農創設特別措置法(以下自創法という)第三条第一項第一号に該当する農地として、本件土地のうち(一)の土地については昭和二三年七月二日、(二)及び(三)の土地については昭和二二年一二月二日を買収の時期とする買収計画を定め、被告国は右買収計画に基いて買収処分(以下本件買収処分という)をした上、それぞれ右同日を売渡の時期と定めて自創法第一六条の規定により被告小林に売渡し(以下本件売渡処分という)、昭和二五年三月三一日主文第一、二項記載のとおり買収処分を原因とする所有権取得登記、売渡処分を原因とする所有権移転登記手続を了した。

三、しかしながら、被告国のした右買収処分は次のような重大かつ明白なかしがあり当然無効といわなければならない。

(一)  本件土地は農地ではない。すなわち、本件土地は昭和一六年頃箱根土地株式会社が整地した上「国分寺学園住宅地分譲地」という名称を付し、一般に分譲宅地として売出した土地の一部で、原告は右土地を坪当り一二円と一一円の宅地価格で買受けたものであるが、当時すでに電灯、下水路等も敷設され、右土地の通路に面する部分は大谷石による土留工事をする等宅地造成は完了していた。その上原告は昭和二一年頃には周囲に檜を植付けて生垣とし立入禁止の立札を立てて宅地として管理して来たものである。すなわち本件土地は本件買収処分当時現況宅地であつて、農地でなく、そのことは客観的に明瞭であつた。もつとも被告小林はそのころ事実上本件土地の一部を耕作していたが、右は戦後の食糧難を打開するため一時家庭菜園として利用したにすぎず、主観的にも農地としての永続性はないから本件土地を農地ということはできない。

(二)  本件土地は小作地でもない。原告は被告小林に対し耕作を承諾したことはないから、同被告は本件土地を耕作する何らの権原も有しない。従つて本件土地を小作地として買収したのは違法無効である。

四、本件売渡処分は右買収処分が有買収処分が有効であることを前提とするものであるから、本件買収処分が前記のとおり無効である以上、これまた無効であることを免れない。そして被告小林は右売渡を受けた以後何らの権原なくして本件土地を耕作して占有している。

五、よつて被告国に対して、本件買収処分を登記原因とする所有権移転登記の抹消登記手続を求め、被告小林に対しては本件売渡処分を登記原因とする所有権移転登記の抹消登記手続及び本件土地の明渡しを求める。

第三、被告らの答弁

一、被告国の答弁

(一)  原告主張の第二の一の事実は知らない。

(二)  第二の二の事実は認める。

(三)  第二の三、四の事実は争う。

二、被告小林の答弁

(一)  原告主張の第二の一、二の事実は認める。

(二)  第二の三の事実のうち、本件土地が道路と接する部分の一部には大谷石によよる土留工事が施されていること、被告小林が本件土地の一部を耕作していたことは認めるがその余は否認する。昭和二一年四月当時本件土地には桑が二、三本植えてあるのみで垣根や立札等はなく、荒れ地のまま放置されていたところ、被告小林は六反九畝一歩を耕作する専業農家で、当時、本件土地を含む国分寺学園住宅地を管理していた箱根土地株式会社社員青木重蔵(重三)の承諾を得て本件土地の開墾に着手し、約三ケ月後には開墾を了し、以後畑地として使用しているものであるから、買収処分当時本件土地が小作農地であつたことは明らかである。

(三)  第二の四は争う。

第四、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告が本件土地を昭和一八年五月訴外箱根土地株式会社から買受け、その所有権を取得したことは原告と被告小林との間では争いなく、被告国との間においては、成立に争いのない甲第一、二号証、第五号証の一ないし三に証人近江嘉市の証言(第一回)を合わせると、訴外近江嘉市は昭和一八年五月箱根土地株式会社から住宅建築の目的で本件土地を買い受けようとし、同会社に対し手附金五〇〇円を支払つたが、たまたま胃潰瘍で入院したため、友人である原告に残代金の支払を依頼し、その結果原告から多額の金員を借用することになつた等の事情のため、近江と原告との間では近江を実質上本件土地の所有者とするけれども、外部的にはひとまず原告を買主とし、同会社から原告へ所有権移転登記手続をすることとし、代金の決済を了した後近江へ所有権移転登記手続をする旨約し、原告は同月二七日同会社に対し残代金六、七八〇円を支払い本件土地の所有権移転登記手続を了したことが認められるから本件土地の所有者は原告と近江との間はともかく、外部的には原告というべきである。しかして小平町農地委員会が本件土地を自創法第三条第一項第一号に該当する農地として原告主張のとおり買収計画を定め、被告国は右買収計画に基いて買収処分をした上、同法第一六条によりこれを被告小林に売渡し、原告主張のとおりそれぞれ右買収処分を原因とする所有権取得登記、右売渡処分を原因とする所有権移転登記手続を了したことは当事者間に争いがない。

二、そこで本件買収処分に原告が主張するような重大かつ明白なかしがあるかどうかについて判断する。

成立に争いのない甲第一号証、甲第八号証の六、乙第一、二号証、証人近江嘉市の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第三、四号証の各記載、係争現物の写真であることにつき当事者間に争いのない甲第七号証の一ないし八及び証人近江嘉市(第一回)、同村野カネの各証言、被告小林福次本人尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨を合わせると、箱根土地株式会社は昭和一八年頃武蔵野電車多摩湖沿線の商大予科前、小平学園、厚生村の各駅(但し当時の名称による)附近一帯の同会社所有の広大な土地を耕地整理によつて整地し、縦横に巾三間ないし五間の道路を築造した上、右土地を約二〇〇坪前後に区画し、それぞれ宅地区画番号、価格を付し「国分寺学園住宅地分譲地」として売り出していたところ、昭和一八年五月二七日原告は前記経緯により右分譲地の一部である本件土地を坪当り金一一円及び一二円の宅地価格で買い受けた。本件三筆の土地は連続する一団の土地で、当時すでに道路に面している北側と西側には大谷石による土留工事が施されており、電灯線やコンクリート下水溝が設置され宅地造成も完了していたが、原告はやがて応召し、近江も北海道へ帰えり、しかも戦争の激化にともない住宅を建築するかどうか躊躇していたため、本件土地はそのまま放置されていた。一方被告小林は株式会社中島飛行機製作所に勤務するかたわら約二反七畝の農地を耕作していたが、昭和二〇年八月終戦とともに同会社が閉錯されるや妻子をかかえてたちまち生活に困窮し、更に耕地を探し求めていたところ、妻の母村野セイから知人の箱根土地株式会社社員青木重蔵が本件土地を管理していると聞き及び、右土地の所有者が何びとであるか又青木がはたして本件土地の性質を変更し耕地として使用貸借契約を結ぶ権原を有するかどうか等深く詮索せず、右村野セイを介して昭和二一年四月青木から本件土地を耕作に使用することの承諾を受けた。その頃本件土地の南側と東側(これも本件土地と同様の分譲地である)には家が一戸づつ建築されていたが、本件土地には檜や桑の木が数本ある外、雑草が生いしげつており、新たに開墾しなければ使用できない状況であつたので、被告小林は直ちに開墾に着手し、同年六月頃から甘藷、蔬菜等の作付けをし、以後本件土地を畑地として使用していた。しかし原告とは勿論青木との間でもいわゆる小作契約を締結せず、無償で右土地を使用し、ただ青木に対しお礼として一、二度若干の米や野菜を持参したこと等の事実が認められる。右認定に反する被告小林福次本人尋問の結果は採用しがたく、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

しかるに証人近江嘉市の証言(第二回)により真正に成立したと認められる甲第九、一〇号証の各記載に右証言を合わせると、箱根土地株式会社では小平町の分譲売却した土地を会社として管理していたこともなく又社員をして管理させたこともない事実が認められるから、原告から特に授権がない限り、青木がすでに原告ら買主に分譲された土地を再び畑に変じたり又これを他に有償無償で貸与したりする権原を有しないことは明らかである。

この点につき、被告小林は本件土地の管理人である青木が昭和二一年八月ごろ原告に対し本件土地使用の了解を求めたところ原告からは承諾の葉書が来て、これを青木から見せられた旨供述し、証人栗原九一郎はその旨被告小林から聞いたと供述する。しかし右葉書は本件においてついに提出されなかつたのみでなく、前認定のとおり被告小林は青木から本件土地の使用につき承諾を得た際所有者が何びとであるか、所有者と青木の関係が何であるか等を詮索した様子はみられず更に証人近江嘉市の証言(第一回)によれば原告は右昭和二一年八月ごろはもとより本件買収処分当時も未だ復員しておらず、近江は昭和二六年頃はじめて原告から本件土地が買収されたことを聞知しし、爾来原告を通じて交渉をはじめたが昭和三二年二月二二日にいたつて小平町役場で開かれた本件土地紛争問題の調査会で被告小林に会うまで同被告とは面識がなかつたこと、原告及び近江は箱根土地株式会社には本件土地の管理を託したことはない事実を認めることができ、これらの事実にくらべてみると前記被告小林の供述部分は直ちに採用することはできず、従つて同被告からの伝聞である証人栗原の供述も採用できない。この点の証人山田友作の証言は証人栗原からのさらに伝聞であつて採用できないこと前同様である。その他に原告から青木に対し本件土地の管理を委託したことを認めるべき証拠はない。

かえつて、本件において原告と青木の関係は重要な問題であつてすでに昭和二六年ごろ近江が本件土地買収を知つて以来原告を通じて交渉があつたこと前認定のとおりであるから、被告小林は青木からその主張の葉書を受取つて保存するか、その他なんらかの用意に出るのが通常であると考えられるのになんらそのことがなく、証人山田友作の証言によれば本件土地の一筆調査のさいは特に管理人青木重蔵として記載届出され、農地台帳上もその旨記載されたが、所有者がある以上管理人を記載するのはおかしいということからその後削除されたという事情がうかゞわれ、所有者原告の承諾を得て使用したものとすればむしろ奇異の感を免れず、さらに前認定のとおり本件土地は買受け当時から宅地に造成され、建物建築にいたるまでは放置してあり、特に管理を必要とするような状況にはなかつたことが明らかであつて、これらの事実と証人近江嘉市の証言(第一回)をあわせ考えれば、原告は青木に対し本件土地の管理を委託したこともなく、いわんやこれを再び畑に開墾したり、これを農地として他に貸与したりすることにつき権原を与えたことはないと認めるのが相当である。証人栗原九一郎の証言により真正に成立したと認められる乙第四号証は右認定を左右するものではない。そうだとすれば被告小林は当初から買収処分当時に至るまで本件土地を何らの権原もなく単に事実上耕作していたにすぎないものといわざるをえない。

しかして一般に宅地として購入した土地を農地に転用することは異例のことであるから、たとえ終戦直後食糧難のため休閑地の利用耕作が大いに奨励されていたとはいえ、宅地の開墾を土地所有者が認めている場合でもその利用関係は通常所有者が右土地を建物所有等の目的で使用に供するまでの一時的なものと認めるのが相当である。この点に関し被告小林本人は、終戦とともに専業農家に転向し本件土地を半永久的に借りるつもりであつた旨供述し、前示乙第一号証の記載及び被告小林福次本人尋問の結果によれば当時同被告は農業に専心していたことが認められる。しかしながら同被告本人尋問の結果によれば同被告は本件土地が箱根土地株式会社の分譲地であり、宅地造成も完了していて新たに開墾しなければ畑地として使用できない状況にあつたこと、所有者は本件土地を宅地として購入したものであることを十分知悉していたことが認められるから、同被告が真に本件土地を農地として永続的に使用するつもりならば、まず土地所有者につき、将来右土地を宅地として使用しないのかどうかを確認する等の挙に出た上、これと小作料その他の事項をとりきめた小作契約を締結して所有者との間に明確な法律関係を設定する等の事に及ぶのが通例と考えられる。しかるに同被告はかかる挙に出ることなく、たんに管理人と称する青木の承諾を得たのみで同人との間でさえもこの種の小作契約を締結しようとはせず、無償で本件土地を使用したのであつて、一方本件土地は近江が後日自家の住宅を建築する予定で放置しておいたのを、被告小林が原告の承諾なしに耕作をはじめたというのであるから、同被告がたとえ当時は農業に専心していたとはいえ、右の具体的事情からすれば、同被告の本件使用が長期間継続すべき性質のものであつたとはとうてい認めることができない。そして被告小林本人尋問の結果によれば同被告は本来機械工で中島飛行機閉錯によつて失職したが、その後昭和三〇年からは再び技術工として二、三の会社を転々とした末現在株式会社明商に勤務していることが明らかである。これらの事情をあわせ考えれば被告小林は終戦による失職後の生活難を切りぬけるため、ともかくも当時空地となつていた本件土地に目をつけ原告が土地の使用を開始するまでの間休閑地利用として一時的にこれを耕作の用に供しおもむろに事態の好転をはかろうとしていたところ、たまたま農地と認定され買収売渡を受けるに至つたものと断ぜざるを得ない。従つて買収処分当時本件土地に現実に肥培管理が施され耕地として使用されていたとしても、右は本来耕作されないはずの土地が所有者の意思にかかわりなく臨時に耕作の用に供せられていたにすぎず、宅地の一時的な使用目的の変更とみるべきものであつて、自創法の規定する農地にはあたらないといわねばならない。成立に争いない乙第三号証は右認定を動かす的確な証拠とはいえず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。よつて本件土地は農地でも又小作地でもないから本件土地を「農地」かつ「小作地」としてした本件買収処分には自創法第三条第一項第一号に違反するかしがあるものといわなければならない。

三、しかして右かしはその事柄自体によつて重大なかしであることは明らかであるから、さらに右かしの存在が明白といい得るかどうかについて検討するが、その前にいちおう右にいうかしの明白性の意義について一言しておくことが相当であると考える。

行政庁の処分が法律の定める要件を具備しない場合であつてもその違法が当然にはその処分を無効とせず、単に権原ある行政庁又は裁判所によつて取り消されるまではいちおう適法有効な処分として何びともその効果を否定することができないとされるのは、その処分が権限ある国家機関たる行政庁によつてなされるものであることにかんがみ、その行政庁の判断をいちおう尊重し、別の権限ある国家機関(行政庁又は裁判所)によつて法定の手続により当該処分行政庁の判断が誤りであると認定されるまでは、その判断を妥当せしめることが行政の円滑な遂行、行政上の法的安定、国民の信頼の保護等の上から要請されるためであると考えられるが、然し行政庁の判断に対してすべての場合に常にこのようなつよい効力、すなわちいわゆる公定力を認めることは必ずしも妥当ではなく、行政の円滑な遂行を多少とも阻害し、又行政上の法的安定をいくらかみだすこととなつても、あるいは又行政処分の有効性に対する第三者の信頼を幾分きずつけることとなつても、なお法規に違反する処分につき権原ある国家機関による取消をまたずして、何びとも当然にその効力を否定する場合のあることを認めざるを得ず、かくして一般にかしある行政庁の処分につき単に取り消しうるにすぎない場合と当然無効となる場合との区別が承認されているわけであるが、両者の区別の根拠が右に述べたところにあるとすれば、その区別の基準も、当該行政庁の判断自体に権原ある国家機関の判断として尊重するに値しないような、従つて又かかる判断に基ずく処分による侵害から国民の権利を保護することがつよく要請せられるような致命的な欠陥が附着しているかどうかの点にこれを求めなければならない。

例えば、当該行政庁がその種の処分をする権原を与えられていない場合とか、法律の要求する構成を有しない場合とか、法律が特に重視する手続を履践しない場合においては、かかる行政庁の判断には右に述べたような致命的欠陥が附着し、従つてかかる判断に基づく処分は当然に無効と認めるべきであるが、行政庁が処分をするに当つて法規の定める実体上の要件を具備するかどうかを判断する場合におけるその判断の内容の誤りについては、その誤りが法律の重視する要件についての誤りであり、しかもそれが一般に行政権の行使を付託された官庁の公正な判断として一般人の承認をとうてい要求し得ないような誤り、換言すれば、当該行政庁が誠実に職務を遂行した結果の判断とはとうてい思えないような誤りである場合には、かかる判断に基づく処分もまた当然に無効と解さるべきもので、一般に、処分の無効原因として重大かつ明白な違法といわれるのは、右の如き場合を指すものと考えられる。従つて、右にいわゆる明白な違法の中には、処分要件の存否に関する行政庁の判断が、格別の調査をしないでも一見して容易に認識しうる事実関係に照らして何びとの眼にも明白な誤りであると認められる場合のみならず、行政庁が具体的場合にその職務の誠実な遂行として当然に要求せられる程度の調査によつて判明すべき事実関係に照らせば明らかに誤認と認められるような場合、換言すれば、行政庁がかかる調査を行えばとうていそのような判断の誤りをおかさなかつたであろうと考えられるような場合もまた、右にいう明白な違法のある場合と解するのが相当である。

これを本件についてみるに、証人宮崎義一功の証言及び同栗原九一郎、同山田友作の各証言の一部によれば、本件土地につき買収計画が定められた当時、本件土地がさきに箱根土地株式会社が耕地整理によつて整地の上分譲地として売り出した宅地の一部であり、一旦宅地として造成された土地を被告小林が生活難のため昭和二一年四月頃青木の承諾を得て開墾の上使用するようになつたものであることは小平町農地委員会に判明しており、当時青木は箱根土地株式会社の不動産係の職にあつたため、同農地委員会としても青木が当然本件土地を管理する者であろうと即断していたこと、本件土地の一筆調査を担当した農地委員栗原九一郎は右調査前すでに被告小林が本件土地を青木の承諾を得て使用していることを聞知しており、青木と会つた際立話しではあつたがこの点を確認していたため、一筆調査に際しても被告小林の耕作権原の点についてはそれ以上疑問をいだかず、小作料の有無、青木と原告との関係等についてはなんら調査しなかつたこと、さらに同農地委員会では被告小林が青木にお礼として米一斗を持参したことがあるとの事実を聞き、これらの事実から同被告は本件土地の管理人たる青木との間の使用貸借契約に基き右土地を耕作していると認定して買収手続を進めたこと、同農地委員会書記宮崎義一功、同山田友作も年に数回青木と接触する機会があつたが、青木が本件土地につきこのような使用貸借契約を結ぶ権原を有するかどうか確認したことはないこと等の事実を認めることができる。右事実によれば、同農地委員会においてはただ漠然と青木が本件土地の管理人であると信じ、被告小林が青木の承諾を得て本件土地を使用しているとの一事により直ちに同被告と所有者たる原告との間に本件土地につき使用貸借契約があると誤信したものであることが明らかであるが、本件土地は箱根土地株式会社からすでに原告に売渡されているものであるから、通常同会社又は同会社の社員が依然として右土地を管理利用することはありえないことがらであり、かりに土地会社の者が所有者の依頼によつて管理するとしてもそれが現実に建物建築のため使用されるまでの一時的のものにすぎないことは事の性質上みやすいところであつて、又一旦造成された宅地を再び農地に転用したり農地として使用貸借に供したりすることは、なんらか特段の事情の存する場合にのみみられることであるから、かような事情のもとに同農地委員会が本件土地は被告小林が権原に基き耕作する農地なりと認定するには、それについて一応の調査を遂げるべきは当然といわなければならない。もしも同農地委員会において、箱根土地株式会社に対し社員をして売却した土地を管理させている実情があるかどうか、青木につき同人と原告との関係ないし管理を託された事情、小林が本件土地を借り受けるに至つたいきさつ、小作契約締結の有無等につき一応の答申を求め、要すれば原告に照会する等適宜な措置を講じたとすれば、青木に使用貸借契約を締結する権原はなく、従つて原告は無権原耕作者であつたことは容易に判明したものと考えられる。

しかるに同農地委員会はなんらこれらの点に思いをいたさず前記のとおり漫然本件土地を小作地と誤認したもので、かかる買収処分当時の具体的事情からみると、本件において同農地委員会が買収計画の決定にあたり通常要求される調査を遂げたなら右の如き誤認はありえなかつたものといわねばならない。

はたしてしからば、被告国が本件土地を「小作地」として買収したことのかしは上記の意味における「明白なかし」というべく、従つてこれを「農地」として買収したことのかしの明白性について判断するまでもなく、本件買収処分はすでに右の点において無効といわなければならない。

四、しかして、本件買収処分が無効である以上それが有効であることを前提とする被告小林に対する本件売渡処分もまた無効であつて、被告国の所有権取得登記、被告小林の所有権移転登記はそれぞれ実体を伴わない無効の登記であり、被告小林は何ら正当な権原なく本件土地を耕作して占有している(被告小林が本件土地を占有していることは、同被告の明らかに争わないところであるから、自白したものとみなす。)というべきである。

したがつて被告国に対し所有権取得登記、被告小林に対し所有権移転登記の各抹消登記手続を求め、被告小林に対し本件土地の明渡しを求める原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 中村治朗 時岡泰)

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